
今回の旅も、前回から1年ぶり。というわけで、前回の四国より先の九州を目的地にしました。今回は行きは夜行を使わず、朝に東京を出ることにしました。そして、その1番最初の電車に選んだのが、東海道線113系沼津行き。去年10月のダイヤ改正でめっきり減ってしまった、沼津直通。そして、間もなく引退してしまう113系に乗るという意味でこの電車にしました。朝7時だというのに、電車は席が埋まる程度。そして、新橋、品川、川崎と次々に乗客が乗ってきました。さすが、首都圏の電車といった感じです。この日は天気もよく、早川〜真鶴の相模湾もとてもきれいでした。
沼津に到着後は、どこへ行くわけでもなく、東海道本線をひたすら西へ。沼津で乗り換えた電車が、そのまま豊橋まで直通だったので、乗り換えに困らず楽なたびでした。しかし、相変わらず、浜松−豊橋間は混んでいました。そして、豊橋からもおなじみの313系。ここでは、愛知万博に行く人がチラホラ見られました。ちなみに、自分は6月に行ったので、名古屋に着いたときは、少々違和感がありました。名古屋を出て、終点の大垣に到着。関ヶ原越えの電車に乗り換え、米原へ。もうこの区間は座ろうとは考えなくなりました。米原からはJR西日本区間へ。福知山線事故があってから初めての乗車でした。しかし、新快速電車は、相変わらず速い。次のダイヤ改正ではどうなるのでしょうか?
新快速電車の終点、姫路に到着してからは、乗換えまでに時間があったので、姫路城へ行くことに。閉場時間を過ぎていたので、回りをすこし散歩してきました。姫路城は、ほぼ当時のままの姿を残しているので、行く機会があればまた行ってみようと思っております。姫路を過ぎて、さらに岡山方面へ。ここで時刻表を見ながら、予定を変更し、福山へ。福山にした理由は…とりあえず、泊まる場所があるだろうという理由でした。ちなみに、自分の中で東海道本線・山陽本線を下ったのは、ここに旅日記を載せる前のこと。かなり久々でした。
| 乗車区間 | 列車 | 車両 |
|---|---|---|
| 東京→沼津 | 325M | モハ113-238 |
| 沼津→豊橋 | 937M | モハ113-2108 |
| 豊橋→大垣 | 2213F | サハ313-15 |
| 大垣→米原 | 227F | クモハ313-314 |
| 米原→姫路 | 3475F | モハ223-2157 |
| 姫路→福山 | 1333M | モハ115-1115 |
移動距離:791.2km

二日目は福山から九州へ向けて出発。まずは、乗りつぶしがてらに、三原から呉線へ。呉線は海沿いを走っていますが、山にも挟まれた区間が多いので、カーブも多い。そして、徐行運転する区間もいくつか見受けられました。そかし、カーブでもないところで徐行運転をするのが少々謎でした。設備の老朽化でしょうか??広に近づくにつれ、造船所が多く見受けられました。そして、広を過ぎると、広島地区のベッドタウン的な要素が強くなってきました。車内もかなり混雑気味。そして、広島に到着。ここは115系と103系があふれかえってます。今の関東では見られなくなった光景です。広島からはまたまた山陽本線を西へ。次の目的地は宮島口です。
ただ、乗っているだけじゃつまらないということで、宮島口で降りて、宮島へ向かうことに。ここでは2つの船があるのですが、青春18きっぷが使えるJR西日本のフェリーを使うことに。そして、宮島へ到着。宮島に降り立ったのは、小学校6年生の卒業間際以来…つまり、○年ぶり(笑)。しかし、ここって鹿いたっけ?と思うくらい鹿がいました。しかも奈良と違い、角が生えている鹿もちらほら。厳島神社では、去年の台風で損壊したところの修復工事が行われていました。しかし、この数日後にきた台風で、また一部に被害が出たそうです。参拝料は安かったものの、赤い鳥居だけ見て、中に入らず戻りました。そして、行きと同じくJRの船で、本州へ。ここからさらに西へ。
小郡から名前が変わった新山口を過ぎて、宇部へ。ここから、まだ未乗区間だった宇部線の居能まで往復。ここでは、新学期が始まったばかりの中高生の下校時間と重なり、車内はえらい騒ぎに…まぁこれが学生パワーですね。宇部に戻り、山陽本線へ。車内で少し眠り、下関に到着。いよいよ、九州へ上陸です。
関門海峡をくぐり抜け、あっという間に門司に到着。そして、前回の九州で気に入ってしまった門司港へ再び足を運ぶことにしました。この日は夏休みも終わり、平日だったこともあり、閑散としていました。しかし、あそこからの夕日はまた一段ときれいに見えます。そして、この日は小倉に一泊しました。
| 乗車区間 | 列車 | 車両 | 乗車区間 | 列車 | 車両 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 福山→三原 | 425M | クハ116-9 | 宇部→宇部新川 | 1852M | クモハ105-9 | |
| 三原→広 | 135M | クモハ105-14 | 宇部新川→宇部 | 1441M | クモハ105-10 | |
| 広→広島 | 5625M | モハ114-6193 | 宇部→下関 | 557M | モハ115-3002 | |
| 広島→宮島口 | 5339M | モハ115-2024 | 下関→門司 | 243M | モハ415-123 | |
| 宮島口→新山口 | 5345M | モハ115-1057 | 門司→門司港 | 168M | クハ813-4 | |
| 新山口→宇部 | 5239M | モハ415-123 | 門司港→小倉 | 4383M | クモハ810-12 |
移動距離:383.4km

2日かけて九州に上陸。ここからは、また乗りつぶしの旅が始まり、JR九州全線を制覇…する予定だったのですが、が、台風14号という大型台風が接近していたため、若干、予定を変更せざるを得なくなりました。そのため、この日のうちに九州新幹線に乗ることにしました。まずは小倉から、日田彦山線に乗り、日田まで。田川後藤寺までは、炭鉱の名残もありつつ、住宅地という場所を潜り抜けていきましたが、田川後藤寺を過ぎた辺りから、景色が一変し、山に囲まれた地域を走っていきました。そして、日田で、久大本線久留米方面へ乗り換え。ここでやってきたのはキハ125型。しかし、JR九州のレールバス形の車両はボックス席が着いているので、あまりがっかりすることはありません。
久留米に到着後は、鹿児島本線を熊本方面へ。熊本方面に向かうも、熊本まで行かずに、一駅前の上熊本で下車。もちろん、お目当ては、熊本電気鉄道の5000系です。去年の秋ごろに、東急時代の青ガエル色に戻され、単行運転ながらも現役で走っている、5000系に乗ってきました。ただ往復しただけなのですが、現役の東急時代は乗ったことが無かったので、満足でした。そして、上熊本駅では、新幹線の工事が行われていました。熊本駅には止まらないのでしょうか?
熊本駅で、今度は三角線に乗り換え、三角へ。宇土までは、鹿児島本線を走り、宇土から分岐して終点の三角まで向かう路線で、最初のうちは、海沿いを走っているのですが、徐々に海岸線から高いところを走って行き、突然山の中へ入っていきます。終点の三角駅は、山に囲まれた地域ですが、海も近いようでした。行ってませんが…。そして、三角線を戻り、宇土へ到着。この駅の真上では、九州新幹線の線路が着々と出来上がっていました。この区間も後は、第3セクター化されてしまうのでしょうか…。そんなことを思いながら、新八代へ到着。もちろん、ここからは九州新幹線に乗り換えです。
鹿児島本線の新八代と、九州新幹線の新八代は、改札を出てからの乗り換えで少々厄介でした。ちなみにリレーつばめ号は、新幹線のホームに入っていくので、シームレス乗り換えが可能です。このリレーつばめ号から新幹線つばめへ乗り換える人は、結構います。さすが、在来線の特急を廃止しただけのことはあります。さて、800系の車内ですが、ブラインドにはすだれが使われていて、一人当たりの椅子のスペースが広い。かなりゆったりしています。そして、鹿児島中央まで、1時間足らずで着いてしまう。さすが新幹線という感じです。そんな新幹線に乗って鹿児島中央に到着。そして、改札を出ると、ショッピングセンターが出来上がっていました。長崎駅みたいな感じです。そして、駅の上には観覧車も。かなり、きれいになっていました。そして、台風の影響で風がかなり強くなっていました。
| 乗車区間 | 列車 | 車両 | 乗車区間 | 列車 | 車両 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 小倉→日田 | 933D | キハ147-185 | 上熊本→熊本 | 5341M | クモハ815-8 | |
| 日田→久留米 | 1842D | キハ125-25 | 熊本→三角 | 537D | キハ47-9126 | |
| 久留米→銀水 | 2343M | クモハ817-13 | 三角→宇土 | 540D | キハ47-8062 | |
| 銀水→上熊本 | 5337M | クモハ815-11 | 宇土→新八代 | 6341M | クモハ815-1 | |
| 上熊本→北熊本 | 熊本電気鉄道 | 5102A | 新八代→鹿児島中央 | つばめ19号 | 826-106 | |
| 北熊本→上熊本 | 熊本電気鉄道 | 5102A |
移動距離:442.1km

いよいよ、台風の影響が出てきた4日目。この日は、鹿児島から避難するべく、北へと進んでいきました。そして、当初からの目的だった肥薩線へ乗車することに。しかし、特急はやとの風…は使わず、吉松までは普通列車で。まずは、日豊本線で隼人まで。雲が掛かっていたものの、鹿児島−富重では桜島が見えました。雲が掛かっている姿もまた味な感じです。しかし、その先は晴れ間を除かせることも無く、隼人に着いた頃には雨が降り出しました。そして、隼人で特急はやとの風を見送り、吉松へ。途中は山に囲まれた地域を走り、着く駅、着く駅、木造の駅舎ばかり。嘉例川と大隈横川の駅舎は明治36年に建てられたそうで。かなりの歴史的建造物なんだなと思いました。
そして、隼人からは、しんぺい号に乗り換えて、ループ線と2つのスイッチバックを体験。車内は、観光用に改造されており、車両の中間には、外を見渡せるようなデッキもありました。鉄道好きの方々だけではなく、ツアーでも盛り込まれているようです。また、ここがループ線だとか、スイッチバックだとか、細かく説明してくれます。しかし、大畑駅はどう見ても、一般の人が使わなさそうなところにあります。使用している人はいるのでしょうか?
人吉からは、ショートカット代わりに、特急に乗り換え。この特急に乗っていけば、目的地の大分までいけるのですが、そこまでお金が無いので、とりあえずは熊本まで乗ることに。この九州横断特急といさぶろう・しんぺい号、そして、はやとの風号には乗車記念のスタンプがあるようです。そして、熊本に到着後、豊肥本線に乗り換え、大分へ。途中の肥後大津までは電化されていて、住宅地も多いのですが、肥後大津を過ぎると、田畑が広がっていきます。そして、立野駅を過ぎたところの、2箇所のスイッチバックを超え、阿蘇地方へ。途中で、ディーゼルあそBOYとすれ違い。実は、この前週までは、SLが引いてただけに、見られなくて少々残念でした。案の定、あそBOYにはほとんど客が乗っていませんでした…。
宮地を過ぎた辺りから、急激に霧が濃くなり、ほとんど視界がなくなりました。その中で見える車窓は、一面山だらけ。この辺りだけ本数が少ないのがよく分かります。濃くかかっていた霧も、豊後竹田につく頃には晴れてきて、大分に到着するまで、雨も降ることなく、この日も無事に傘を使わず、宿にたどり着きました。
いよいよ台風が近づいてきました。この日は深夜にNHKの臨時ニュースがあったのですが、その内容は…東京23区で大雨。なんか100ミリ以上降ったようで。まさか、大分で東京の大雨のニュースを見ることになるとは…。
| 乗車区間 | 列車 | 車両 |
|---|---|---|
| 鹿児島中央→隼人 | 6930M | クモハ717-204 |
| 隼人→吉松 | 4226D | キハ58-722 |
| 吉松→人吉 | しんぺい2号 | キハ47-9082 |
| 人吉→熊本 | 九州横断特急6号 | キハ185-1001 |
| 熊本→肥後大津 | 1455M | クモハ815-8 |
| 肥後大津→宮地 | 437D | キハ200-1103 |
| 宮地→豊後竹田 | 2425D | キハ125-7 |
| 豊後竹田→大分 | 4459D | キハ200-1105 |
移動距離:339.0km

台風が上陸しかけているこの日は、雨がやんだ頃合を見計らって、宿から駅へ。無事に傘を使わず大分駅に到着しました。この時点ではまだ列車は動いていたようなので、とりあえず福岡方面に逃げることに。しかし、日豊本線はところどころ、普通列車の本数が少ないところがあり、一本逃してしまうと、しばらく待ちぼうけなんですよね。大分付近でも、宇佐−中山香間は本数が少ないのです。だから、ちゃんと調べて、小倉方面へ。この区間は、一度通ったことはあるのですが、寝ていて景色を楽しめませんでした。なので、今回はちゃんと起きて景色を眺めることに…しかし、眺めていると本数が少ない理由が分かってしまいました。
小倉に到着後は、福岡地区で乗っていない区間の乗りつぶしをすることにしました。まずは、篠栗線の吉塚−長者原間。この区間だけ乗ったことがないので、香椎から香椎線で長者原に行き、篠栗線へ。この時間帯は通学時間帯ということもあり、また高校生の波にのまれてしまいました…。吉塚−長者原間はあっという間に終了してしまったので、次は西鉄に乗ることに。以前は久留米から乗ったことはあったものの、久留米から大牟田まではまだ乗ったことが無かったので、地下鉄で天神へ向かい、西鉄の特急に乗りました。西鉄の電車は、連結部のドアの上に電光掲示板がついており、特急車両だといいのですが、普通車両だと、少々見づらいような気がします。久留米を過ぎた辺りから単線になり、田畑の真ん中を走っていきます。しかし、空を見ると、真っ黒な雨雲が…。大牟田に着いたものの、雨が降っていたので、JRのホームへ向かったのですが、丁度いいタイミングで電車が行ってしまい、仕方なく西鉄で折り返すことに。
福岡に戻り、宿を探したのですが、いいところが見当たらず、駅から濡れないでいける漫画喫茶に泊まることにし、時間もあったので、博多から小倉まで普通で移動しました。ラッシュ時でしたが普通ということもあり、車内は比較的落ち着いていました。東京じゃ考えられませんね。
| 乗車区間 | 列車 | 車両 | 乗車区間 | 列車 | 車両 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 大分→宇佐 | 4630M | クハ814-26 | 博多→天神 | 市営地下鉄 | 1112 | |
| 宇佐→小倉 | 5548M | モハ414-1517 | 西鉄福岡→西鉄大牟田 | 西鉄 | 8052 | |
| 小倉→香椎 | 4353M | クハ813-210 | 西鉄大牟田→西鉄福岡 | 西鉄 | 8053 | |
| 香椎→長者原 | 755D | キハ47-160 | 天神→博多 | 市営地下鉄 | 1127 | |
| 長者原→博多 | 6541H | クモハ817-1 | 博多→小倉 | 190M | クハ813-208 |
移動距離:427.3km

とうとう台風が、九州に上陸。時間一杯まで漫画喫茶にいて、出て小倉駅に向かうと…。すでに博多へ行く在来線列車は無し!かろうじて、新幹線が走っていたので、新幹線で博多へ向かうことに。翌日、佐賀方面の乗りつぶしをすることにしていたので、小倉に来たのは無駄足だったようです…。そして、博多へ向かうと、新幹線も運休とのこと。間一髪です。しかし、一日中、博多駅にいても仕方が無いので、市営地下鉄を乗りつぶすことに。幸いにも、市営地下鉄だけは動いていたので、乗ってみることにしました。
まずは、博多から福岡空港へ。この日は、姪浜から先への運行はありませんでした。もちろん、飛行機も欠航だらけなので、空港へ行く人も皆無…。閑散とした車内でした。次は、最近開通したばかりの七隈線へ乗ってみることに。天神駅で一度降りて、地下街を通り天神南へ。しかし、天神の地下街はどこも店が閉まっていました。こんな日じゃ誰も来ませんよね…。そして、天神南から七隈線へ。東京で言う大江戸線みたいな感じです。車内には液晶モニタもあり、新線というだけあってかなり現代風でした。しかし、橋本方面はほとんど乗客がいませんでした。橋本では改札を出るものの地上には出ず、そのまま引き返し。最後は、中洲川端から貝塚方面へ。これはあっという間に終わってしまいました。宮地岳線も乗ろうとしたのですが、運休とのことでそのまま引き返し、博多へ。
さぁ、博多につきました!路線バスは運休。西鉄も運休。JRに至っては、シャッターが閉まっている始末。そして、お店もほとんど閉店。しかたないので、幸いにも開いていた、コーヒー屋で3時間つぶし、その後漫画喫茶で3時間つぶし、そのまま宿に入りました。丁度宿に着いた頃に、台風の中心が福岡市にいたようです。
| 乗車区間 | 列車 | 車両 |
|---|---|---|
| 小倉→博多 | こだま723号 | 727-7113 |
| 博多→福岡空港 | 市営地下鉄 | 記録なし |
| 福岡空港→天神 | 市営地下鉄 | 記録なし |
| 天神南→橋本 | 市営地下鉄 | 記録なし |
| 橋本→天神南 | 市営地下鉄 | 記録なし |
| 天神→貝塚 | 市営地下鉄 | 記録なし |
| 貝塚→中洲川端 | 市営地下鉄 | 記録なし |
| 中洲川端→博多 | 市営地下鉄 | 記録なし |
移動距離:112.2km

台風も去り、ようやく一段落したところで、乗りつぶしの旅を再開させました。この日は夕方から、福岡で友人に会う約束があったので、あまり遠くには行かず筑肥線を乗りに行くことにしました。この日は時間に余裕があったということで、全区間普通列車で移動しました。まずは博多から鳥栖へ。普通列車に乗っていたのですが、特急には結構抜かれるものの、快速にはあまり抜かれません。快速はもっと早いのかと思っていたのですが、そうでもなさそう。
鳥栖に到着後、長崎本線へ。ここからは817系のオンパレード。817系は座席に革を使用しているので、ふかっとして、ゆっくりできるので、自分は好みの車両だったりします。この電車に乗って肥前山口へ。肥前山口からは佐世保線に乗り換えて有田まで行きました。乗換えをした肥前山口駅には、未だに寝台特急さくら号の乗車一案内が残っていました。しかし、廃止になってから、半年経っていないんですよね。それは残っててもおかしくは無いかなと思いました。有田駅からは松浦鉄道で伊万里へ。松浦鉄道伊万里駅と、JR伊万里駅は、道路を挟んでいるため、線路は繋がってません。その道路をまたぐようにして、駅舎が建てられています。そして、その道路には、陶器の破片のようなものが埋められていました。これは伊万里焼の伊万里ということを意味しているのでしょうか?
そして、伊万里辺りから段々晴れてきたので、暑くなってきました。伊万里からは筑肥線で山本まで。姪浜から西唐津を結ぶ筑肥線とは違って、1両のディーゼル車両がゆっくり走っています。同じ路線でも大分違うようです。山本に到着後は、唐津線で佐賀へ。そして、行きと同じように、長崎本線・鹿児島本線を東に進み博多へ戻ります。その途中、二日市で退避を行ったのですが、リレーつばめ号、ゆふいんの森号、快速に加え、団体専用列車と計4本に抜かれるしまつ。しかし、普通列車の停車時間はわずか10分。対面のホームには次々と列車が走り去っていきました。
博多に到着したもの、友人との約束の時間までにはまだ時間があったので、少し写真を撮っていました。ここで寝台特急はやぶさ号に遭遇。記念に一枚収めました。ちなみに、この時点では、翌日のはやぶさ号で帰宅する予定でした。時間をつぶし、博多で東京で知り合った友人と再会。それにしても、かなり違和感があります。結局、その友人宅にお世話になることになりました。
| 乗車区間 | 列車 | 車両 |
|---|---|---|
| 博多→鳥栖 | 133M | クモハ813-223 |
| 鳥栖→肥前山口 | 843M | クモハ817-30 |
| 肥前山口→有田 | 931M | クモハ817-28 |
| 有田→伊万里 | 621D | MR-110 |
| 伊万里→山本 | 2530D | キハ125-4 |
| 山本→佐賀 | 5836D | キハ40-2068 |
| 佐賀→鳥栖 | 858M | クハ816-29 |
| 鳥栖→博多 | 3136M | クハ813-6 |
移動距離:228.0km

友人の家にお世話になり、迎えた最終日。この日は友人に福岡を少し案内してもらうことにしました。で、行った先が福岡タワー。地下鉄の西新駅から歩いて20分くらいのところにあります。このタワーは見た目はビルのようなのですが、その部分にテナントは無く、鉄筋をガラスで覆った珍しいタワーでした。タワーからは博多湾から大濠公園、そして、山々まで見わたせ、都市部・海・山の3種の景観が楽しめます。この日は小学生が来ており、その小学生についていたガイドの話を盗み聞きしていました。
タワーを降りて、浜辺を歩いていると、そこには福岡ドームがあります。この日は午前中ということもあり、周囲は閑散としていました。まだ、時間があったので、しばらく歩いていると、図書館を発見。しかし、その回りを酔う見ると、屋外にある階段の土台になっているレンガが浮き上がってるではありませんか!おそらく4月の地震のときに図書館が浮き上がったか、回りが沈下したかでずれが生じたのでしょう。こんなところで地震の被害を見るとは思ってもいませんでした。
そして、友人と別れ、はやぶさ号に…乗るはずだったのですが、二人の共通の友人が大阪にいて、その大阪の友人に連絡をしたところ、時間があると言われたので、急遽予定を変更し、大阪へ向かうことに。新幹線の乗りつぶしを兼ねて、レールスターで大阪へ向かいました。それにしても、こんな形で山陽新幹線を制覇するとは…。小倉駅を出た後にカーブしてトンネルに入っていくのですが、トンネルに入る前の景色が何ともいえません。これから向かう本州が見えるとともに、九州の最後の景色。切ないです。新幹線は順調に東へ進み、新大阪に到着。1週間前に乗った東海道本線で、大阪へ。無事に友人と再会を果たしました。結局、寝台急行銀河号で帰ることにしたので、かなり時間があったのですが、友人はその時間まで付き合ってくれました。感謝です。
というわけで、この旅最後の列車は、銀河。寝台車両に乗れたという意味では、まぁよかったと思います。米原に着く前には眠りに付き、気がついたら大船でした。まぁよく眠れるようになったものです。そして、品川を過ぎた辺りで、行きに使った一番最初の列車とすれ違い、時刻どおり東京駅に到着。行きとは違い、最後の東京駅は物悲しい気もしますが、やはり落ち着きました。
| 乗車区間 | 列車 | 車両 |
|---|---|---|
| 博多→新大阪 | ひかり468号 | 727-7109 |
| 新大阪→大阪 | 811T | モハ221-1 |
| 大阪→東京 | 銀河 | オハネ25-66 |
移動距離:1182.5km
総移動距離:3905.7km