■旅日記 2002年九州地方

2002年12月24日 横浜→小倉

2002年12月24日

 今回は、久しぶりに青春18きっぷを使っての旅行でした。行き先は九州。また今回も乗り旅のような感じでした…。実は、この旅を始める前にバイトをこなしていました。そして23日22時半にバイトを終え、その足で横浜へ。もちろん今回もムーンライトながらでした。9号車だったので、ひとまず名古屋まで。これまたいつものように寝付けず、気が付いたら静岡まで来ていました。そして静岡から一眠りしたのもつかの間、豊橋で目が覚めてしまいました。すると横には、臨時大垣夜行が止まってました。にしても、案外空いてること。品川駅で寒い中待つよりは、小田原から"ながら"に乗るほうがいいのでしょうか?

 そして、日も明けないうちに名古屋に到着。次の電車まで1時間ほどあったので、一度改札の外へ。東京だと6時くらいでもそこそこ人がいるのに、名古屋では結構閑散としてました。そして、名古屋から米原行きに乗り込み米原へ。米原は雲ってたうえに名古屋以上に寒く、凍えながら新快速を待ちました。新快速の車内では、いつものように爆睡…。気が付けばそこは大阪でした。

 そして姫路に到着。そのまま改札を出ずに次の普通列車へ。ここで、隣の席に座ったおじいさんから、飴をもらってしまいました。その飴をなめつつ、岡山で下車。その時、飴をくれたおじいさんが、"気をつけてな"と一言、声を掛けてくれました。やっぱりとても気持ちがいいものです。

 岡山では、昼食をとって、この次の長距離列車に備えて、1時間くらい外の空気に当たっていました。そして、ここからは下関まで同じ列車での移動。10月の改正で新しく出来た長距離列車です。最初の乗車率は、意外と低いです。途中駅でも乗車してくる人は少なく、広島まで、ゆっくりできるくらいでした。岡山→広島はおよそ2時間ですが、同じ車両でこの区間を乗り通した人は、若いカップルだけでした。クリスマスイブなんだから…と思いつつ、自分はさらにその先へ。広島で若干乗ってくるものの、その後は目立った乗降も無く、いつの間にか日が暮れていて、気が付いたら下関といった感じです。ずっと座りっぱなしだったから、お尻が熱くなってしまいました。

 そして、関門トンネルをくぐって、小倉に到着。にしても、クリスマスイブなのにあまり人がいない。ここも東京とは違うところです。

乗車区間 列車 車両
横浜→名古屋 ムーンライトながら クモハ373-11
名古屋→米原 103F クモハ211-5011
米原→姫路 3619M サハ223-2025
姫路→岡山 1415M クハ115-1205
岡山→下関 5361M クハ115-3102
下関→小倉 5583M クハ411-109

移動距離:1078.9km

2002年12月25日 小倉→長崎

2002年12月25日

 いよいよこの日から、本格的な九州の旅が始まりました。早速門司港へ…行く予定だったのですが、あいにくの雨。しかも、かなり強い…。とりあえず宿を出て門司港へ。しかし、雨に加え、海風がとても強く、残念ながらあきらめました…。門司港の駅に降りて、一つ気が付いたのは、他の駅と制服が違うことです。どうやら特別に作られているようで。学ランに似てると思ったのは自分だけでしょうか?

 門司港を後にして、そのまま目的地の長崎県へ向かうことにしました。とりあえず、鳥栖まで行くことに。まともに九州に来たことは無かったので、どんなところなのかと、思いつつ車窓を眺めていました。すると、鹿児島本線にもトンネルが多いこと。小倉と博多の間には高くないながらも、山が結構あるようです。そのまま博多を過ぎ去り、晴れ間も顔をのぞかせる中、鳥栖に到着。

 鳥栖からは長崎本線に乗り換えて佐世保まで行きました。途中の佐賀で、時間の都合上特急みどりに乗り換えました。そして約1時間で佐世保に到着。しかし、直前まで晴れていたのに突然雲が広がってきて、雨が振り出したので、とりあえず駅で待機。その後も出ちゃ降り、戻ると止みの繰り返しでしたが、ようやく落ち着いたようなので、佐世保公園まで行ってみました。普通の広い公園だったのですが、西日が当たっていて、とてもいい感じの公園に見えました。そして駅に戻ると、下校する学生に遭遇。いち早くホームへ上がると、みぞれが降ってきました。九州らしくないな…。そして、長崎行きの普通列車に無事に座ることができ、出発。

 早岐から大村線に入ったものの、次のハウステンボス駅の周りだけ、他の駅とはまったく違う感じでした(当たり前ですか…)。そして、日も暮れ、あたりは真っ暗に。その時車内では、ワンマン運転の料金表が一駅ずれてる。しかも、2、3駅の間ずれていたので、料金がメチャクチャに。そのせいで、列車は遅れて諫早に到着。すると、ここでは学生の群れに加え、サッカー少年たちがたくさん乗車。何でだろうと思いつつ、進んでいくと競技場らしきものが。後で分かったのですが、天皇杯の準々決勝が行われていたようでした。

 無事、長崎に到着し、稲佐山へ行こうと思ったのですが、三脚も無いし、金もかかるので、駅前の風景を撮りました(ちなみに上の写真がそれです)。

乗車区間 列車 車両
小倉→門司港 2532M クハ411-106
門司港→小倉 2347M クモハ810-109
小倉→門司港 2326M クハ813-215
門司港→鳥栖 4331M サハ810-10
鳥栖→佐賀 861M クハ816-29
佐賀→佐世保 みどり13号 モハ783-114
佐世保→長崎 247D キハ66-14

移動距離:316.3km

2002年12月26日 長崎→西鹿児島

2002年12月26日

 この日もまた、パッとしない天気…。とりあえず、原爆公園へ行ってみました。ここは、平和祈念像がある平和公園の隣にあり、爆心地のあたりに作られています。ここには、当時の地層なども展示されています。その足で平和公園へ。ここは8月9日に平和祈念式典が行われてるところです。そして、次の観光場所は、めがね橋。理由は一番近いところにあって、無料だからという理由なのですが、実際に見てみると、水面に映る影と合わせると、めがねのように見え、ちょっと感動してしまいました。この辺は、人それぞれ感じ方が違うので、なんとも言えないのですが…。

 長崎で観光した分は、特急列車のお世話になりました。乗ったのは白いかもめ。あの革の座席は重役になれた気分で気持ちいいものです。あまり長距離乗っていると、お金がかかるので、肥前山口で普通列車にお乗り換え。ここで817系に初めて座ってみたのですが、こっちのイスも革が使われていて、なかなかよかったです。

 鳥栖に着き、ここからは鹿児島本線をひたすら南下していきます。とりあえず銀水で乗り換えるので、鳥栖からは普通列車に乗り銀水へ。銀水に着くと、丁度電車が入ってきました。しかし、来た車両はロングシート。しかも風が強いのに、ドアも閉めずに、ヒーターも入っておらずと寒い中20分くらい待っていました。発車しても、各駅停車で、その上、ドアが開く駅が大半だったので、車内はずっと寒いままでした。そんな寒い思いをしながら、八代に到着。ここからは、急行型車両だったので、寒い思いをせずに、ぬくぬくと過ごせました。この辺に来ると、九州新幹線の工事が着々と進められていました。そりゃ2003年末に開通予定ですから当然ですが…。一方車内は八代でもあまり人はおらず、肥後田浦あたりから出水まで一人っきりになってしまいました。長時間停車が2駅あったのでこの間を使って、車内撮影もしたりしました。

 そして、日が暮れてからは部活帰りの学生がいくらか乗ってきた程度で、西鹿児島まであまり混雑しませんでした。東市来では、国鉄色の475系とすれ違ってしまいました。"多分、明日は撮れないだろう"と思いつつ、西鹿児島で一夜を過ごしました。

乗車区間 列車 車両
長崎→肥前山口 かもめ14号 モハ885-1
肥前山口→鳥栖 840M クハ816-22
鳥栖→銀水 2347M クモハ810-16
銀水→八代 5349M クモハ815-16
八代→西鹿児島 2435M クモハ475-14

移動距離:413.8km

2002年12月27日 西鹿児島→大分

2002年12月27日

 鹿児島にはめったに来ないので、ひとまず朝から出発までは、ホームで写真を撮ることにしました。そしてホームへ降りると、昨日すれ違った、国鉄色の475系が止まっていました。これを逃したら、本当に次は無かったので、急いで撮影しました。とりあえず、その後はゆっくり撮影してると、車庫のほうから、787系が入ってきました。どうやら試運転だったようですぐに戻っていきました。ビュッフェの座席改造が終わったばかりの車両だったのでしょうか?

 撮影も一段落したところで、いざ出陣!!今回もまた475系でした。鹿児島駅を出ると、車窓には桜島が飛び込んできました。この日は、あまり噴煙を上げておらず、落ち着いた感じでした。そして竜ヶ水に着くと、通過列車が多いことに納得してしまいました。終点の都城に到着したのですが、ホームが余りにも閑散としていて、少し寂しさが漂っている感じがしました。そのまま降りずに次の列車に乗車。これまた475系。そして約1時間ほどで宮崎に到着。

 そして、昼食を食べて次の列車に乗ろうとしたのですが、そのホームには少々列が。座れなくなるかもしれないので、一駅戻り南宮崎から乗ることにしました。そして無事に座ることができ、再び宮崎へ。やはり、ここでは立ち客が出ていました。とりあえず判断は正しかったようで…。約1時間半で延岡に到着。次は普通列車が1日5往復しかない延岡−佐伯間。その4本目の普通列車に乗車。学校は終わっている時期だったので、車内は数名だけ。その上、ほとんどの人は2、3駅で降りてしまいました。それにしても、凄いところを走っているんだなぁ…と思いました。地元の学生たちは乗り遅れると大変ですね…。途中で信号所に止まったのですが、辺りは山だけ。こんなところで車両故障とか発生したら大変だ…。そして佐伯に着くと、今までとがらっと変わり、乗客も一気に増えました。そして、そのまま終点の大分へ。やはり県庁所在地だけあって、人が多いこと…。

乗車区間 列車 車両
西鹿児島→都城 6944M クハ455-404
都城→宮崎 6948M モハ474-37
宮崎→南宮崎 6957M クハ455-611
南宮崎→延岡 738M クハ455-607
延岡→大分 2742M モハ456-7

移動距離:337.9km

2002年12月28日 大分→博多

2002年12月28日

 このまま、日豊本線を上っていってもよかったのですが、一度乗ったことはあるので、この日は久大本線経由で博多に向かうことにしました。まず最初に乗ったのはキハ31形。前々から写真を見て思ってたのですが、側面の窓が東海道本線のサロ210型に似ている。そう思うのは私だけでしょうか?それはともかく、車内は端に少しだけクロスシートがあるだけで、残りはロングシート。なんとかクロスシートに座り、ひとまず由布院へ。列車はだんだん山のほうへ向かっていくのですが、数えてみるとトンネルの数は3つだけ。数え間違えかもしれませんが、意外でした。しかし外の空気はだんだん冷たくなっていき、由布院の街には雪も積もっていました。

 改札を出て正面に見える山の山麓からは煙が数本出ていました。温泉街を物語っている感じがします。そしてしばらく歩いていると、上空を戦闘機が3機飛んでいきました。近くに自衛隊かアメリカ軍基地でもあるのでしょうか?しばらく歩き、駅に戻る途中になんと馬車を目撃!!撮っていいものか、悪いものかはともかく、とりあえずカメラに収めちゃいました。次に乗ったのは特急列車。3ヵ所目の妥協区間です。とりあえず次の普通に接続する天ヶ瀬まで乗ってみましたが、車内放送でも"観光特急"と放送するほどでした。それを物語るかのように何度か徐行運転する区間もありました。わずか40分くらいで天ヶ瀬に到着。天ヶ瀬の待合室でTVを見て、次の列車を待ちました。

 次の列車は日田彦山線の直通列車だったので、そのまま田川後藤寺まで行きました。田川後藤寺からは後藤寺線に乗り換え新飯塚に。新飯塚に着くと目の前には福北ゆたか線の電車が。今までのように筑豊本線とアナウンスで一切言わないところが、JR九州の力の入れようを表わしてるようです。その福北ゆたか線に乗り、桂川へ。そのまま博多まで行ってもよかったのですが、それでは面白くないので、桂川から通称原田線に乗ってみることにしました。なぜ博多に近いのに本数が極端に少ないのかという疑問を抱きつつ乗ったのですが、山岳地帯を突き抜けていく感じでした。本数が少ないのも納得…。原田に着きそのまま博多に戻ってもよかったのですが、やっぱり面白くないので、久留米に行って、西鉄に乗ることにしました。久留米から西鉄久留米は近いのかと思い歩いていたのですが、少し歩いたとこで看板を見ると"1.6km"との表示…。即効でバスに乗って駅へ。初めて西鉄の特急に乗りました。JRと違い特急料金なしというのがいいですね。そして福岡(天神)に到着し、そのまま地下鉄で博多に舞い戻ってきました。

乗車区間 列車 車両 乗車区間 列車 車両
大分→由布院 4842D キハ31-6 飯塚→桂川 2653H クモハ817-19
由布院→天ヶ瀬 ゆふいんの森2号 キハ72-1 桂川→原田 6629D キハ125-10
天ヶ瀬→田川後藤寺 1848D キハ47-1033 原田→久留米 4353M サハ811-7
田川後藤寺→新飯塚 1552D キハ40-8102 西鉄久留米→西鉄福岡 西鉄 8033
新飯塚→飯塚 4651H クモハ817-1 天神→博多 市営地下鉄 モハ103-1502

移動距離:240.0km

2002年12月29日 福岡県内

2002年12月29日

 この日、ホテルを出てまず向かったのは新幹線ホーム。もちろん向かう先は博多南です。昼間は本数が少ないので、本数の多い朝に訪問することにしました。早速乗ってみたのですが、新幹線区間のように、高速で走るわけではありませんた。遅く感じたのですが、それでも80〜100kmは出してたのではないでしょうか?博多南に着く直前に二手に分かれました。何かと思ったら、すぐに途切れていました。多分、将来の九州新幹線の線路でしょう。博多南に着くも、いたって普通の住宅街なので、そのまま折り返し電車に乗って、とんぼ帰り。行きとは違い、結構人が乗っていました。平日の朝とかは、通勤電車と変わらないのかな?

 博多から次に向かったのは西戸崎。この日からは乗りつぶし的要素が強くなっていますのであしからず…。香椎で香椎線に乗り換え出発。ワンマン運転なのに、整理券発行機の姿はどこにも無く、今までのJR九州のワンマン区間とは違っていました。ひとまず終点の西戸崎へ。西戸崎は目の前が海。でも泳げるようなところではありませんでした。折り返して次のの海ノ中道で降りたのですが、目の前が公園で、しかも入場料を取られるようなので、入らずにホームで我慢していました。そして次の香椎行きに乗ると、そこには整理券発行機が。どうやら、そろそろ切り替わるようです。

 ここでもすぐに折り返し、香椎へ戻り、今度は宇美方面へ。ここからはキハ47に。やっぱりボックス席のほうが旅してるな〜って感じがします。意外と早く宇美に到着。ここの駅は近くにある神社(名前を忘れてしまいました…)のイメージに合うような駅舎になっています。やはり、ここでも観光はせずに、長者原に戻り、今度は福北ゆたか線で、折尾を目指しました。長者原の駅は、乗換駅なのに宇美よりひっそりしていました。そして、817系がやってきました。座席が革製なのが面白いですね。途中の直方で10分間停車があったのですが、ドアが開けっ放しだったので、冷え切ってしまいました。何度か思ったのですが、車掌によってドアを閉めたり、開けっ放しだったりなんですよね。東北地方みたいに半ドア式にすればいいと思うのですが…。そして、この電車は小倉行きだったので、折尾駅は、隔離されたところでした。以前、ここから客車列車に乗ったのを思い出しました。

 折尾からは当然若松へ。福北ゆたか線から離れているから、利用客が少ないのかと思いきや、そんなことはありませんでした。それどころか、沿線に競艇場か競輪場かがあり、丁度開催日だったので、人は多かったです。再び折尾へ戻り、今度は前回行けなかった門司港へ行ってみることにしました。門司港に着き、しばらく歩いていると、レトロな建物を発見。やっぱり駅から少し歩かないと分からないものです。色々行ったのですが、あまり建物の名前とか覚えていません…。丁度夕暮れ時だったので、夜景を撮ろうかと考えたのですが、寒くなってきたので、とりあえず断念し博多の宿へと戻っていきました。

乗車区間 列車 車両 乗車区間 列車 車両
博多→博多南 2811A 25-7906 宇美→長者原 5738D キハ47-71
博多南→博多 678A 26-7003 長者原→折尾 4636H クハ816-10
博多→香椎 3136M モハ811-10 折尾→若松 6450D キハ47-1078
香椎→西戸崎 2726D キハ40-8102 若松→折尾 6455D キハ47-125
西戸崎→海ノ中道 2731D キハ220-1503 折尾→門司港 2340M クモハ813-230
海ノ中道→香椎 2733D キハ220-1501 門司港→博多 4367M クモハ810-6
香椎→宇美 5745D キハ47-1099 博多→中洲川端 市営地下鉄 モハ302-1

移動距離:349.6km

2002年12月30日 博多→京都

2002年12月30日

 中州のホテルを出発し、この日は地下鉄経由で筑肥線に行きました。まず最初に乗ったのは303系。実は前の日に偶然乗ったのですが、この日は計画的に乗りました。姪浜からJR線に戻りこの電車の終点だった筑前前原へ。この区間は、ホームも線路も新しく、複線化されて間もないのかな…という感じでした。筑前前原からは103系に。最初からこの電車でもよかったのですが、303系に乗ってみたかったので…。筑前前原からは単線になり、目の前には海が広がってきました。とても地下鉄と乗り入れしている路線とは思えなくなってきました。

 終点の西唐津に着いたのですが、この駅はホームが1面1線しかなく、周りにあるのは車庫だけ。唐津は4線もあったのに…。そして次に発車する唐津線の佐賀行きに乗り込みました。しかし、隣の唐津で約25分も停車。九州の列車って、結構、駅で長時間停車したりしますよね。しかし、この列車は唐津からはそんなに長時間停車することなく、あっという間に久保田へ。久保田と鍋島の間に臨時駅のバルーン佐賀駅があるのですが、痕跡なども無くどこにあるのかも分からずいつの間にか鍋島に着いてしまいました…。

 佐賀からは長崎本線で鳥栖へ向かい、どこへ行こうかと思ったのですが、やっぱり諦めきれず門司港へ行くことにしました。鳥栖から行くと、時間的にも夕暮れ時に丁度合いそうなので、行くことに決めました。しにても、鳥栖から小倉は長いですね。おもわず睡眠時間になってしまいました…。小倉から門司港行きに乗り換えて、終点門司港へ。昨日門司港で買ったお土産を持ってたので、少しアホらしかったです…。夜景を撮ると決めたものの、三脚は持っていない…。仕方ないので、橋の手すりや、ベンチ。挙句の果てにはゴミ箱の上からも撮影を試みました。ちゃんと撮れたかは別として、時間も迫っていたので、引き上げることにしました。実は、福岡に帰省しているバイト仲間に会おうとしたのですが、博多に戻ってもほとんど時間が無かったので、諦めました…。

 そして、ムーンライト九州で九州を後にしました。その車内で、眠たくなったので座席を倒したのですが、どんどん倒れる〜。後ろの方に一声掛け、限界まで倒してみました。すっごい倒れるので、乗ったときに試してください。しかし、客車独特の揺れで、何度か目が覚めて、熟睡は出来ませんでした…。

乗車区間 列車 車両
中洲川端→筑前前原 447C クハ302-2
筑前前原→西唐津 629C モハ102-1508
西唐津→佐賀 5832D キハ47-509
佐賀→鳥栖 848M クハ816-28
鳥栖→小倉 4338M クハ813-208
小倉→門司港 4344M クモハ813-109
門司港→博多 4371M クモハ810-17
博多→京都 ムーンライト九州 オハ14-256

移動距離:973.1km

2002年12月31日 京都→品川

2002年12月31日

 朝7時過ぎに京都に到着。あっという間でした。そして、この旅行の最終日かつ、2002年の大晦日。東京へ向かって出発!それにしても、京都の町は寒い…。改札で、キップを切ってもらい、すぐに上り列車に乗っていきました。同じ車両には明らかに東京方面へ向かっている人が何人か…。とりあえず顔を覚えて(笑)、米原へ。乗ってきた電車は12両だったので座れたのですが、次の電車は4両。しょうがないので、込み合う中立って名古屋へ。名古屋で降りた理由は、友達に頼まれた"ういろう"を買うためと、きしめんを食べるため。名古屋を通るときは、いつもきしめんを食べるために一度列車を降ります。今回も、京都で朝食を取ってなく、昼食も取れそうも無いので、きしめんを食べることにしました。

 そしてここから先は、たとえ混んでても、すぐに発車する電車でも乗ることにしました。まず最初は、午前中最後の特別快速に乗り一気に浜松へ。車内では爆睡。気づいたら豊橋を過ぎた辺りまで来ていました。そして浜松で、目の前の電車に乗り換え。ここでは混んでる中、運良く席につけ、また一眠り…。やっぱり何度も乗ってる路線だと、景色を見ようとは思わなくなってくる様で…。すると、同じ車内には米原までの電車に乗ってた人が1ペアいました。やっぱり18きっぷ季節にはいるのですねぇ。

 静岡でも、目の前の電車に乗る。ここではとうとう3両になってしまいました。さすがに2度も寝ると、眠気に襲われることは無く、しばらく窓の外を見ていました。すると、富士山が見えてきました。この日はとても天気がよく、地元の人たちも窓の外を見ていました。中にはカメラつき携帯で撮影している人も。自分も撮りたかったのですが、反対側にいたので撮れませんでした。そして、熱海に到着。いよいよこの旅最後の列車になりました。ここで編成も11両になり、一番後ろに行き、ボックス席を陣取りました。ここでも、米原行きの電車に乗ってた人が。結局この方たちは横浜まで一緒でした。天気は根府川までは快晴だったのですが、突然雲が広がってきて、小田原辺りに来ると、雨が降り出しそうな感じでした。そして、国府津、平塚…川崎、品川へ。鉄道唱歌の発車ベルを聞いて、乗ってきた電車を見送って。自宅へ。何も変わってないだろうとおもったのですが、品川駅2・3番線の発車ベルが変わってました…。1週間も旅をしていると、変わるものもあるんですね。

乗車区間 列車 車両
京都→米原 704K サハ223-2092
米原→名古屋 5214F モハ310-1
名古屋→浜松 5108F モハ313-2
浜松→静岡 750M モハ114-1053
静岡→熱海 448M クモハ113-2001
熱海→品川 850M クハ111-2049

移動距離:506.8km

総移動距離:4216.4km