■旅日記 2002年中国地方

2002年3月5日 東京→福山

2002年3月5日

 まずは、4日の夜にムーンライトながらで、出発。今回は去年のような事件も無く、順調に進んでいきました。今回は岡崎で下車。ここから始発の米原行きを使いました。以前は117系だったのですが、今回は211系のロングシート車でした。とりあえず車端部の席を確保し、発車まで待っていたのですが、これがとにかく寒い!!3つのドアのうち、真ん中だけが開いていたのですが、車内が暖められていなかったので、いつまでたっても寒いままでした。

 そして、出発すると、いつものように睡魔に襲われ、気がついたときにはすでに名古屋まで来ていました。そしてまた寝てしまい、次に気づいたのは関ヶ原。ここでは、高校生が多数いました。どうも試験日だったらしく、化学や数学などをやっていました。懐かしいな〜…と思いながら、車内を見回してみると、ながらからの客はあまりいないように見えました…。

 米原に着き、ここからは223系新快速でいっきに姫路へ。もちろん車内は席が埋まり、立ち客が出るほどでした。そして、2時間ちょい乗って、姫路に到着し、次に目指すは姫新線。ここでは、気動車1両だけで、試験が終了して自宅へ戻る学生などがいっぱい乗っていて、車内は満員状態でした。その上ワンマン運転なので、停車時間が非常に長く感じました。ここで車内を見ていると、どこだか忘れたのですが、和田岬支線で使用されていたキハ35形がありました。色も当時のままでなぜここに置いてあったのでしょうか?

 佐用から先は、西日本お得意のキハ120形のお世話に(^^;)。雨の振る中、津山に到着。駅前を歩いてみたのですが、閑散としていて、チョット哀しい感じでした。雨にも打たれ、城下町らしい商店街を通り、駅に戻り、次に乗ったのは、急行つやま。急行としては、唯一グリーン車がついているのですが、今回は自由席に。座席は0系タイプのでした。終点岡山に着き、今度は向かいに止っていた吉備線に乗車。ここでもつやま号タイプの気動車が!!普通列車にもつかわれているようですね。終点総社まで行き、伯備線で倉敷まで戻り、宿泊先の福山へ向かいました。

乗車区間 列車 車両
東京→岡崎 ムーンライトながら クモハ373-7
岡崎→米原 103F モハ210-5038
米原→姫路 3303M クハ223-2010
姫路→佐用 835D キハ40-2091
佐用→津山 2829D キハ120-357
津山→岡山 つやま キハ58-7209
岡山→総社 761D キハ58-7211
総社→倉敷 958M クハ115-1073
倉敷→福山 375M クハ115-2103

移動距離:862.8km

2002年3月6日 福山→広島

2002年3月6日

 福山で一泊し、次は福塩線に乗車。海沿いと山地を行ったり着たりです。府中までは電化されていて、105系がやってきました。車内は、やはり学生でいっぱい。どうも入学試験だったらしく、降り慣れていない学生さんもいました。府中からは、キハ120に乗り、三次へ。府中を過ぎると、車窓は一変し、自然が多く残るところを通っていきました。

 三次に着くと、少し晴れ間ものぞき、次は急行みよし1号に乗車。こちらはつやまとは違い、昔ながらのボックスシートで、グリーン者も無し。こちらは後続に普通列車があるためか、乗客はやや少なめでした。広島に着くと、別のホームには急行ちどり号が停車していました。ちどり号とたいしゃく号は、この年の3月22日で無くなってしまうのですよね…。

 広島からは、もちろん可部線へ。広島から可部までは、105系だけが使われているのかと思ってましたが、中には115系も使われていました。私が乗ったのは105系でした。可部線は単線なので、ラッシュ時などは列車の運用が大変そうです…。可部に着くと、向かい側のホームには三段峡行きの気動車が停車していたので、それに乗り、いよいよ出発。可部を過ぎると、ここでも車窓が一変しました。中にはそんなにキツくないカーブでも、制限速度が15km/hだったりと、線路の状態もあまりよくないようでした。車内には、利用者数を調べている人もいました。加計までは、そこそこ乗客もいたのですが、加計からはごく小数の学生さんだけでした。途中で猿を目撃しつつ、終点三段峡に到着。ここで降りたのは4人だけ。1駅前から乗ってきた地元の方と、観光客と思われる人が2人と私だけでした。その2人もバスに乗ったので、三段峡に観光に来た人は、誰もいなかったようです。もちろん復路は私1人だけでした…。

 帰りも、乗客は少なく、可部まで席が埋まることはありませんでした。可部からは、105系に乗り、大町で下車しアストラムラインに乗ってみました。ゆりかもめにも似ていましたが、自動運転ではなく運転手が運転していました。終点の本通まで行って、ここから広島駅まで歩いたのですが、意外に距離があり、30分くらいかかりました。そして広電に乗り換え、宿泊先へ向かいました。

乗車区間 列車 車両
福山→府中 529M クハ104-6
府中→三次 729D キハ120-333
三次→広島 みよし1号 キハ28-2309
広島→可部 757M クモハ105-19
可部→三段峡 537D キハ40-2118
三段峡→加計 546D キハ40-2118
加計→可部 548D キハ40-2132
可部→大町 784M クモハ105-19

移動距離:282.4km

2002年3月7日 広島→米子

2002年3月7日

 ホテルから広島駅まで距離があったので、広電を使うことにしました。6時ごろと、朝早かったのですが、広電は動いていました。東京のバスは動いていないのですがね…。広島からは、山陽本線をさらに下り、岩国へ。今度は岩徳線を利用しました。山陽本線からの乗客はほとんどおらず、列車は出発。川西で錦川鉄道と分かれ、徳山へ。やはり平日の朝であるためか、車内は空いていました。

 徳山からは再び山陽本線に乗り、小郡を目指しました。ここでやってきたのは、気動車4両でした。山陽本線では気動車はほとんど無いので、地元の人も少々戸惑い気味でした。小郡に到着すると、JR九州の415系が止っていました。国鉄色じゃなかったのが、少々残念でしたが、確率的にはしょうがありませんよね…。

 小郡からは山口線へ、ここでは、乗客の量がハンパじゃなく多くて、その上、期末試験の学生さんたちが乗ってきたので、2両編成の列車は満員になりました。休日の夕方の山手線並です…。その混雑も、山口までで、乗り換えた先の列車には、乗客が10人程度だけでした。晴れていた天気も、徐々に曇りだして、津和野に着く頃には雪が降ってきました。しかし車内はイスが温まり過ぎて、窓を開けたのですが、とても寒くて、開けっ放しにすることはできませんでした…。津和野を出発した後も、天気はよくならず益田へ到着。益田ではフグのキャラクターが描かれたキハ181形が止っていました。

 ここからは山陰本線を上って行きました。もちろん座るときは日本海側に。益田を出発してからは、雲も薄くなり時折青空も見えてきました。車窓には日本海が見えてきましたが、やはり日本海は荒々しいですね。実は山陰本線から日本海を見るのは初めてだったのですが…。浜田から出雲市行に乗り換えたのですが、大田市で特急スーパーくにびきに乗り換えました。普通列車は急カーブなどではスピードを落としてきたのですが、このキハ187形は、スピードを落とすことも無くそのまま通過していきました。自由席に乗ったので、正面が見えたのですが、カーブしながらトンネルに入って行くときは迫力がありました。

 この日の最終目的地は米子で、特急も米子行きだったのですが、出雲市で乗り換え、次に乗車したのは寝台特急出雲。ここでは初めて立席特急券を利用しました。基本的には座ることはできないのですが、乗客が少ないためか、通路側の座席に座ることができました。毎日そうなのでしょうか…でも、立席利用の方はまずいないでしょうか…。

乗車区間 列車 車両
広島→岩国 531M モハ115-3512
岩国→徳山 1829D キハ40-2081
徳山→小郡 3829D キハ47-1059
小郡→山口 633D キハ47-2016
山口→益田 541D キハ40-2074
益田→浜田 352D キハ120-313
浜田→大田市 330D キハ120-312
大田市→出雲市 スーパーくにびき10号 キハ187-1004
出雲市→米子 出雲 オハネフ25-128

移動距離:418.2km

2002年3月8日 米子→東舞鶴

2002年3月8日

 旅も後半戦に差し掛かり、疲れも出てきたのですが、この日は早起きをして、境線に乗車。昨晩は雪が降っていたので、積もっているところもありました。ここでは4両編成だったのですが、乗客はほとんどいませんでした。上りにも使用されるので、そのためかな…と思ったのですが、対向列車を見ても、2両編成で座席が埋まる程度だったので、4両もいらないのでは…と思ったのですが、境港に着くと、学生が大量に乗り、座席が埋まり立ち客も出るほどでした。また車両にはゲゲゲの鬼太郎のキャラクターが描かれていて、テールライトには目玉おやじが描かれていました。夜に見ると怖そうですね…。

 米子に戻り、再び山陰本線を上っていきました。次に乗ったのは快速とっとりライナー。新型のキハ126形が来るのかと思っていましたが、来たのはキハ58形でした。車内はビジネスマンなどで、座席は埋まっていました。また途中からの乗客も多く、終点の鳥取に着く頃には満員になっていました。

 鳥取からまた乗り換え、次に目指したのは餘部。ここは余部鉄橋が有名なので、一度下車してみました。駅は山の上にあり、駅の下へ行くには山道を下っていかなければなりませんでした。地元の人は大変ですよね…。下に降りると、橋の下には、転落事故が起きたときに建立された観音様がありました。ここには。マッチや線香、ろうそくと余部鉄橋事故に関する資料が置かれていました。線香をあげようとしたのですが、風が強く、ろうそくに火をつけてもすぐに消えてしまいました。時間も無いので駅の周りを走り回っていたので、駅に向かう坂道では息が上がってしまいました…。

 餘部を出発し、列車が鉄橋を進んでいきますが、下を見るとやはり高い…。高所恐怖症の私にはちょっとツラいかな…。次の鎧も凄いところで、駅の下には日本海が広がっていました。豊岡と福知山で乗り換えたのですが、いずれも車内は空いていて、地元の人も少々驚いている様子でした。福知山からは特急リレー号なる普通列車に乗り、東舞鶴へ。東舞鶴の駅前は、ショッピングセンターや商店街が並び、賑わっていました。

乗車区間 列車 車両
米子→境港 635D キハ28-2486
境港→米子 638D キハ58-1041
米子→鳥取 3420D キハ58-1047
鳥取→浜坂 532D キハ47-1108
浜坂→餘部 176D キハ41-2004
餘部→豊岡 178D キハ47-5
豊岡→福知山 440M クモハ113-3810
福知山→東舞鶴 347M クモハ113-5803

移動距離:309.0km

2002年3月9日 東舞鶴→東京

2002年3月9日

 いよいよ旅も最終日を迎え、東京に向けて出発。この日最初に乗ったのは、小浜線。そして、やってきた列車は4両編成。予想よりも長く、少々驚きました。さらにそのうちの1両は2両しかないキハ53形でした。当然キハ53に乗車し、いざ出発。平日ならラッシュ時のため、車掌も乗っていました。第2土曜というのに、なぜか学生の姿が多かったです。部活動か何かなのでしょうか?一方車窓を眺めていると、至るところに霜が降りていました。さらに2日ほど前に降った雪も、かなり残っていました。しばらく走っていると、山のほうに沢山の送電線がありました。おそらく、原発で作られた電気を送っているのでしょう。そして、十村で対向列車を待っていたのですが、8分ほど遅れていたらしく、私たちも足止めをくらってしまいました。このまま8分遅れると、敦賀で特急に接続できなくなるので、車掌が車内を回っていました。そして対向列車が入ってくるとすぐに出発。このままの遅れだと、私も次の列車に間に合うか間に合わないかのところだったのですが、次のすれ違い駅で4分回復。そして、運転手、車掌とも頑張り、さらに1分回復で、敦賀での遅れは3分となりました。

 ここからは、東京方面に向け、まずは北陸本線に乗車。ここは1年前も通ったのですが、夜間だったので、ループ線がどのようになっているのかが、さっぱり分かりませんでしたが、今回は午前中に通ったのでよく分かりました。トンネルから出たときに敦賀駅周辺が見えたときは、凄いな〜…と思いました。そして、この日は快晴だったので、新疋田には、カメラを持った人たちが大勢いました。近江塩津で湖西線と分かれ、今度は山道を下っていきます。ここも結構勾配がきつく、下っている感じが分かりました。長浜に着くと、向かい側にやってきたのは当然、223系。この旅で2度目の乗車。そして、米原に到着。とうとう1周しました。

 ここで東海道本線を1本待ち、快速豊橋行きで、一気に大府まで。車内では爆睡状態でした…。大府で降りた理由は当然、武豊線に乗るためです…。やってきたのは、JR東海おなじみのキハ75形。快速みえにも使われるので、座席は313系よりもよいです。乗客は徐々に降りていき、武豊に着く頃には15人程度でした。そして、そのまま折り返し…。今度は次々と乗客が乗ってきて、大府に着く頃には立ち客も出るほどでした。大府からはさらに上り、豊橋へ。ここでは豊橋電鉄渥美線に乗りました。ここは元東急7200系が活躍しており、通学で目蒲線を使っていたので、卒業する前に一度訪れてみました。

 時刻も夕方5時をまわり、豊橋を出発。浜松を目指したのですが、乗った電車は大垣発の新快速だったので、車内は混雑して、どうも荷物が邪魔になっていたようでした…。最後部から夕日を眺め、しみじみしていると、あっという間に浜松に着き、1分の乗り換え。この電車もまた満員だったのですが、徐々に降りていき、掛川で立ち客がいなくなり、静岡に着く頃には、席もかなり空いていました。静岡で駅弁を買い、次に乗ったのは373系東京行き。この電車は、東京で見るときはいつも混んでいるのですが、静岡を出るときには、窓側が7割埋まる程度でした。そしてゆっくり駅弁を食べようと思ったのですが、それでも清水で全部食べてしまいました…。その後も車内は混むことも無く、富士と熱海で5分ほど停車し、小田原に到着。ここでようやく席が埋まりました。その後は乗降とも少なかったのですが、藤沢で大量の人が乗り込んできました。と思ったら、次の大船で大量の人が降車。席も少し空いていたのですが、横浜でまた大量の人が乗車。繁忙期の下りのながらを思い出させます…。そして今回は川崎で下車し、無事終了となりました。

乗車区間 列車 車両 乗車区間 列車 車両
東舞鶴→敦賀 925D キハ53-5 武豊→大府 3533C キハ75-504
敦賀→長浜 130M モハ412-10 大府→豊橋 2230F クハ312-20
長浜→米原 3315M クハ222-2028 豊橋→浜松 5514F クハ312-7
米原→大府 280F モハ313-11 浜松→静岡 790M クハ111-2007
大府→武豊 3528C キハ75-504 静岡→川崎 366M クモハ373-2

移動距離:557.9km

総移動距離:2430.3km