■旅日記 2000年北海道

2000年7月28日 東京→函館

2000年7月28日

 東京から、まず最初に乗ったのは、東北新幹線。混んでると思い、指定席を予約したのですが、予想に反して、空いていました。ところが、福島から急に混みだして、仙台からは、ほぼ満席でした。盛岡では、スーパーはつかりの接続があったのですが、途中の青森までしか行かないので、次のはつかりを待ちました。盛岡に来たのは初めてだったので、その間は駅で色々な列車の写真を撮っていました。そして出発。リニューアル車だったので、乗り心地はいいかな?と思ったのですが、やっぱり485系ですね。揺れました…。そして、青森駅に着く頃には12時を過ぎていたので、6分間の停車時間に駅弁を買って、目指すは、函館。津軽線内はゆっくりだったのですが、青函トンネル内は早かったですね。木古内からは江差線を走るために、カーブが多く、ゆっくりでした。

 そして、約5時間乗りつづけ、無事に函館に到着。早速向かったのは、函館山。16時くらいから、20時過ぎまでずっといました。17時過ぎると、徐々に混んできますね。そして、日が暮れると、函館の夜景がとてもきれいでした。海では、漁火も見えました。その日は、函館で一泊しました。

乗車区間 列車 車両
東京→盛岡 やまびこ1号 E225-406
盛岡→函館 はつかり5号 モハ485-3022

移動距離:899.6km

2000年7月29日 函館→札幌

2000年7月29日

 昨日の疲れもすっかりとれて、いよいよ北海道の旅がスタート!!この日は、函館から特急 北斗5号に乗って、一気に札幌まで行きました。最初の予定ではスーパー北斗3号に乗る予定だったのですが、混んでいたので北斗5号を選びました。北海道といっても、南のほうですから、暑かったです。

 札幌に着いてからは、市営地下鉄南北線に乗りました。その時には、すでに全車新型になっていました。ひとまず、大学見学を兼ねて(行くつもりは無かったのですが…)真駒内まで行ってみました。地上に出ても、ドームの中を走っているので、地上だろうが、地下だろうが、あまり変わりませんでした。真駒内に着いたのですが、バスが行ったばかりだったので、すぐに札幌に戻り、今度は小樽へ行ってみました。小樽は、駅舎がとても、Goodでした。駅前をフラフラして、札幌に戻りました。札幌駅前は北側と南側では大違いでした。北側はオフィス街なのに対し、南側は、繁華街といった感じですね。

 そして、夕方から夜行の時間まで、ずっと駅でボーっとしてました。今考えると、非常に無駄ですね…。その日は、おおぞら13号で、釧路へ向かいました。

乗車区間 列車 車両
函館→札幌 北斗5号 キハ182-2553
この間記録なし
札幌→釧路 おおぞら13号 キハ182-513

移動距離:386.3km

2000年7月30日 札幌→根室→釧路

2000年7月30日

 23:00札幌出発。途中までは特急 利尻といっしょに走るのですが、改造された利尻号の方が速く、闇の中へ消えていってしまいました。夜行列車は久々だったので、やや緊張して少し寝る時間が遅くなり帯広くらいまで起きていました。

 おおぞら13号は、定刻どおりに釧路に到着。そして、降りてビックリ!とても寒い!!!半そでのTシャツしか持ってなかったので、大変でした。おおぞらから降りて、すぐに花咲線に乗って根室へ。車内も寒いのに、暖房がついていませんでした。あたり一面霧がかかっていたので、凍えながら眠ってしまいました。そして、およそ3時間後に根室に到着。そのまま、バスで納沙布岬へ。当然のことながら、バスから降りても寒い。しかも、ここでも霧がかかっていたので、ショックでした。

 一通りお土産を見てたら、バスが行ってしまい、さらに1時間待つことに…。しょうがないので、昼食にラーメンを食べました。普段はラーメンを10分弱で食べ終わってしまうのですが、時間を稼ぎたかったので、20分かけて食べて、のんびりテレビを見ていました。根室に戻って、駅舎の中に入ると、暖房が入ってました。これには驚きました。もちろん列車の中にも入ってました。釧路の戻っても、霧は晴れていなかったので、すぐにホテルに行って、こもってました。ニュースを見てたら、21度までしか上がってませんでした。結局その日は、ホテルから出ませんでした。

乗車区間 列車 車両
釧路→根室 はなさき キハ54-526
根室→釧路 5638D キハ54-521

移動距離:619.3km

2000年7月31日 釧路→原生花園→札幌

2000年7月31日

 この日は、朝目覚ましをかけ忘れて、危うく寝坊するところでした。それを救ってくれたのは、携帯電話に入ってきたメールでした。本当に感謝です!!!

 急いで駅に向かい、網走行きの快速に乗りました。前日に続き、釧路は寒かったので、最初のほうは暖房まで入ってたのですが、徐々に暑くなり、北海道名物(?)の非冷房車だったので、しまいには窓まで開ける始末。やっぱり、冷房は必要ですね。列車は釧路湿原で大量の客が降りてからは、のんびりと走っていたのですが、知床斜里から団体客が乗ってきて、危うく原生花園で降りれなくなるところでした。

 原生花園で一度降りてみたのですが、とても暑くて居れる状態じゃありませんでした。近くにあった建物も冷房は入っておらず、汗が止まらなくて、かき氷2杯と、アイスクリームを食べました。その日の気温は37度まで上がったらしいです。沖縄や東京よりも暑かったとか…。

 原生花園を後にして、網走に行って、そこから特急オホーツクに乗って、一路札幌へ。途中の白滝周辺には民家すらもほとんど見えませんでした。約5時間座りっぱなしはつらかったです。札幌には22時過ぎに到着。そして、特急 利尻に乗り換えて、稚内へ行きました。

乗車区間 列車 車両
釧路→原生花園 しれとこ キハ54-514
原生花園→網走 4734D キハ40-830
網走→札幌 オホーツク8号 キハ182-42
札幌→稚内 利尻 キハ182-503

移動距離:406.8km

2000年8月1日 札幌→稚内→札幌

2000年8月1日

 23:00出発・・・の予定だったのですが、小樽からの列車が遅れたので、4〜5分遅れて出発。改造車だけあって、座席はかなりよかったです。朝、突然放送が入り、何かと思ったら、列車から利尻富士が見えました。これは、晴れていてもなかなか見られないということらしく、ラッキーでした。稚内について、約2時間駅で待ち、バスで宗谷岬へ向かいました。ここは、多くの観光客の人たちがいました。ゆっくりしようかと思ったのですが、20分後にバスが来たので、宗谷岬の近くの高台に急いで登り、上から眺め、すぐに戻っていきました。まだ時間があったので、ノシャップ岬へ行ってみたのですが、こちらは宗谷岬と対照的に、閑散としてました。また近くにはアメリカ軍の施設もありました。

 帰りは、特急サロベツで札幌に戻りました。札幌に着いたのは、19時ごろ。その足で、大通り公園にいってみたら、ビアガーデンとイベントが重なってて、すごい盛り上がりでした。その日は、札幌で一泊しました。

乗車区間 列車 車両
稚内→札幌 サロベツ キハ182-503

移動距離:792.4km

2000年8月2日 札幌→富良野→札幌

2000年8月2日

 いよいよ北海道最終日。この日は、富良野へ行きました。ラベンダーの季節が終わっていたのは知っていましたが、人が多かったです。でも、あまりに多かったので、行くのをやめました。

 一旦美瑛まで行き、ノロッコ号に乗りました。この日は、団体さんがいて、指定席がとれなかったので、自由席に乗りました。途中で、花畑や十勝岳がよく見えました。富良野からはフラノラベンダーエクスプレスに乗りました。なんと、展望席を一人で独占状態。これは最高でした。途中で対向列車を撮りました。

 札幌に着いて、時間があったので、テレビ塔へ行きました。見晴らしは良かったです。北斗星2号も見えました。

 そして、その後の北斗星82号で、上野へ。B寝台のソロに初めて乗りました。音楽が聴けてよかったです。19とか…。函館で停車時間わずかなのに、ミッドナイトを撮りました。このころは、まだ廃車になるとは知らなかったのですが、撮って正解でした。そして…。

乗車区間 列車 車両
札幌→富良野 ふらの キハ183-1
富良野→旭川 728D キハ150-3
旭川→美瑛 729D キハ150-3
美瑛→富良野 富良野・美瑛ノロッコ3号 記録なし
富良野→札幌 フラノラベンダーエクスプレス2号 キハ183-5101
札幌→上野 北斗星82号 オロハネ24-501

移動距離:385.8km

2000年8月3日 札幌→上野

2000年8月3日

 北斗星に揺られ、気がつくと、仙台を過ぎてました。食堂車に行ったのですが、混んでたので、寝台に戻り、時間を潰しているうちに、1時間たったので、行ってみたら、ほとんど誰もいなかったので、ゆっくり朝食をとりました。ちょっとお高いですね・・・。そして、あれよあれよと、上野に近づいていきました。なぜか、赤羽駅が新鮮に見えました。そして、無事に上野に到着。やはり北の玄関口上野です!!!

移動距離:1214.7km

総移動距離:4704.9km